
「とっくに友達のつもり」という涼子の言葉に泣いた視聴者は多いはずです。
でもあの言葉が本当の重さを持つのは、ルナがそこに至るまでにどれほどの道のりを歩んできたかを知ったときだと思います。
本記事では、ドラマが明かしたルナの過去を丁寧に整理しながら、今後の展開への伏線を考察します。
まず「ドラマ・原作が示した事実」を確認する
ルナに関してドラマおよび原作で明示されている事実を整理します。
- ルナは1990年10月4日生まれのトランスジェンダー女性で、中学生の時に自身が女性であると自認した
- 高校時代、修学旅行でトランスジェンダーのタレントがテレビに映った際、仲の良かった友人に「俺は無理」と言われて傷ついた
- その夜、一人で屋上に出て月を見上げながら無理して笑っていた
- 田村刑事と高校の同級生だった
- 実家は医者や弁護士を多く輩出する厳しい家柄で、法学部も医学部も辞めて文学の道へ進んだ
- 芥川賞受賞まで小説家として認められなかった
- 大御所作家「重原壮助」が女性の姿で生活していることは、ごく一部の出版関係者しか知らないトップシークレットだった
- 「重原壮助」はペンネームで、「重原」は母の実家がある愛知県の地名から、「壮助」は戸籍変更前の本名(別字で「章介」)から取った
- 20代前半で性別適合手術と改名を経て、戸籍を女性に変更した
- 2014年3月10日、担当編集者・菊雄からプレゼントされた万年筆で性別適合手術の同意書にサインし、菊雄に背中を押されて病院へ向かった
- 原作続編では、父のパソコンのパスワードを解読すると「吾輩は吾輩であると胸を張ればいい。あなたはあなたであれ」という言葉が残されていた
- そのメッセージに触れたルナは25年ぶりに父と再会するために病院へ向かった
以下はこれらの事実をもとにした考察です。
視聴者が「なぜルナはこんなにも切ないのか」と感じた理由
第5話を見て、多くの視聴者がルナの去り際の切なさに言葉を失ったはずです。
その切なさの根っこにあるのは、ルナがどれだけ長い時間をかけて「自分のままでいることの難しさ」と向き合ってきたか——という事実です。
中学生で自分が女性だと自認したルナが、最初にそれを試されたのは高校の修学旅行でした。
仲の良かった友人が「俺は無理」と言った。
その言葉は、ルナを拒絶したのではなく、トランスジェンダーというものを「無理なもの」として位置づけた。
悪意ではなかったかもしれない。
でもだからこそ、ルナには反論する場がなかった。
その夜、屋上で一人月を見ながら「無理して笑っていた」という描写は、このドラマの月というモチーフと深く繋がります。
月の光の下で、本当の自分を誰にも見せられないまま笑い続けた——その記憶がルナの人生の底流に流れていることを感じると、第5話で涼子が「とっくに友達のつもり」と言った瞬間の意味が、別次元の重さを持ってきます。
菊雄への想いはどこから生まれたのか
ルナが菊雄に想いを寄せるに至った経緯は、単純な「恋愛感情」では語れない深さがあります。
厳しい家柄の中で、法学部も医学部も辞めて文学に進んだルナ。
家族に自分の姿を見せられないまま、「重原壮助」というペンネームの下で生きていた。
その状況の中で、菊雄はルナの秘密を知る「ごく一部の出版関係者」のひとりとして現れました。
そして2014年3月10日、菊雄からプレゼントされた万年筆で性別適合手術の同意書にサインした——この一点が、すべてを語っています。
人生で最も重要な決断を、その人からもらった道具で下した。
菊雄に背中を押されて病院へ向かったということは、菊雄がルナにとって「自分であることを肯定してくれた人」だったということです。
愛情の始まりが「恋愛」ではなく「自己承認の瞬間」に結びついているとすれば、その想いは時間が経っても消えない種類のものだと考えられます。
ルナが身を引いたのは「恋が冷めたから」ではなく、「この人が幸せであることの方が大事だから」という、深い形の愛情からだったのではないでしょうか。
田村刑事との過去が示すもの
ルナと田村刑事が高校の同級生だったという事実は、第5話で涼子がルナを探す過程で機能していました。
田村がルナの過去を「どこまで知っていたか」は、ドラマの中ではまだ明確に描かれていません。
修学旅行の夜の出来事を田村が知っていたとしたら——あるいは何も知らずにルナのそばにいたとしたら——それぞれで、田村とルナの関係の質が変わってきます。
今後、この同級生という関係が物語の中でどう機能するかは注目点のひとつです。
過去を知る人間として、ルナの新章に何らかの役割を果たす可能性は十分考えられます。
「重原壮助」というペンネームに込められた決意
ペンネームの由来が第5話で語られたことも見逃せません。
「重原」は母の実家がある地名から、「壮助」は戸籍変更前の本名(別字の「章介」)から——この二つの由来が持つ意味は、単なる命名の話ではないと感じます。
「章介」という本名の音を残しながら、別の字で新しい自分に名付けた「壮助」。
過去の自分を消したわけではなく、別の形で引き継いでいる。
「重原」という母の実家の地名を入れたことは、家族との繋がりを完全には断ち切れなかったルナの感情の表れかもしれません。
親に自分の姿を見せられないまま作った名前に、親への想いが織り込まれていた——という読み方は、続編で描かれる「父のメッセージ」への伏線として機能しているように思えます。
父のパソコンに残された言葉——25年ぶりの和解へ
原作続編で描かれる父のメッセージ「吾輩は吾輩であると胸を張ればいい。あなたはあなたであれ」は、このドラマ全体のテーマを集約する言葉です。
深く事情を知らずとも、我が子の悩みを察して肯定していた父。
その言葉に25年後に出会い、ルナが病院へ向かう——この展開が描かれるとすれば、第5話で涼子との友情を手に入れたルナが、次に「家族との和解」という別の扉を開く物語になっていくと考えられます。
月を見上げながら無理して笑っていた高校生が、25年後に「あなたはあなたであれ」という言葉を受け取る——その円環の美しさが、このドラマが文学を通じて描こうとしているものの核心にある気がします。
まとめ——ルナの物語はまだ続いている
第5話でルナは涼子という友人を得て、過去の想いを手放す場所を見つけました。
しかしルナ自身の物語は、家族との関係においてまだ途中です。
高校の夜、月の下で笑い続けた少女が、今どこへ向かうのか。
父のメッセージが彼女をどう動かすのか——第6話以降でルナの新しい章が描かれるとしたら、それはこのドラマが「過去との和解」というテーマを最後まで手放さないことの証明になるはずです。

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